スウェーデンの結婚式の曲には短調が多い?

まずはこちらの動画をご覧いただきたい。

Jämtländsk brudmarsch on the nyckelharpa

こちらはスウェーデンのJämtländ地方のBrudmarschである。
今日はタイトルの通り、スウェーデンの結婚式にまつわる曲について掘り下げていきたいと思う。

まず最初に説明しておくと、このHPの 北欧用語集 のページにも記載しているが「Brud」と言うのが英語の「Bride」に相当する言葉で「Brudpolska」や「Brudvals」のように一語を成す形で使われる。つまりBrudを冠した曲は、結婚式で演奏されることを目的とした曲ということになる。

さて、まず最初に聴いていただいたのはBrudmarsch、つまりブライダルマーチ、結婚行進曲である。
日本で結婚行進曲といえばメンデルスゾーンのものが有名だし、そうでなければ入場曲にはいわゆる定番の曲を使うことが多いだろう。

スウェーデンでは(スウェーデンに限った話では無いが)、このように地域ごとに違った結婚行進曲、あるいは結婚式のための舞踊曲が数多く残っている。
それでは次の動画をご覧いただきたい。

Brudpolska från Virserum

こちらはスウェーデン南部の Småland地方の伝統的なBrudpolskaである。
polska(ポルスカ)はダンスの種類の一つでこの文脈上ではワルツや、そういったイメージの、結婚式の一部で踊られるダンスと思っていただければ差し支えない。

さて、次の動画はこちら。

こちらはスウェーデンのダーラナ地方の結婚ワルツ、Brudvalsである。おそらくKickiさんの結婚ワルツ、という意味かと。

さて、ここまで3つの結婚式にまつわる曲を聴いていただいたが、いかがだろうか。

ひとえに「暗い」と思った方が多いのでは無いかと思う。
そう感じるのも無理はなく、クラシック音楽的に解釈すれば「短調」に分類される曲だけを掲載した。
もちろんスウェーデンの結婚式の曲全てが短調と言うわけでは無く、長調の曲もたくさんあるが、こういうものがあること自体、私たち日本人からしたら「意外」なのではないだろうか。

しかし、考えてみてほしいのだ。

私たちだって「きょうはたのしいひなまつり」の「り」はニ短調に聞こえるし、「さくらさくら」から春の楽しさは感じにくいように、意味と音楽がちぐはぐに感じられる音楽を持っている。
何故そのようなことが起こるかというと、これは推測であるが、そもそも長調・短調という考え方はクラシック音楽によって定義された物であって、クラシック音楽が成立する前から存在していた音楽、あるいはクラシック音楽の影響を受けなかった音楽というのは、その時代に生きていた人々の感性が旋律にそのまま残っているものである。その後、クラシック音楽を基準とした教育が行われたことにより(長調=明るい、短調=暗い、という教育はあまり賛同できる物では無いが)、歌詞や意味とメロディだけが残って、「感性」の部分が国際化されていくことで「ちぐはぐに感じてしまう」という現象が起こるのでは無いかと考えている。
現に、うれしいひなまつりやさくらさくらで用いられている旋法は陰旋法(都節)と呼ばれる日本の音階であるが、これを「雅だ」と感じられるだけの感性は今の私たちに残っているのだろうか。
というようにスウェーデン人にとってもこれらの曲は「暗い」曲として作られたわけでは無く(結婚について悲観的なわけではないだろうから)、「美しい、きれいな」曲として感じているのだろう、と思う。こればっかりはその国で生まれ育たないと分からないが、きっとそうじゃないかと考えている。
だから、しばしば話のネタとして「スウェーデンの結婚式の曲には暗い曲(短調)が多い」と持ち出されることがあるが、民族音楽に長調短調の概念を持ち込む時点でナンセンスなのかもしれない。

ただ、元々(クラシック的に言えば)短調のばかりでは無かった上、スウェーデンだってポップスやジャズやメタルなどクラシック音楽理論をベースとした音楽が大いに流行っている。
当然、彼らだって国際化しているはずだ。

Väsen Österundagården 131026 - Pilvi och Eskos Brudvals

これは現代曲のBrudpolskaとBrudvalsである。
サンプルとしては全く足りていないが、なんとなく、現代のミュージシャンがBrud○○と名付けた曲には長調が多いように思う。
これは商業的な理由もあるだろうし、その方が「自然」と思うように人々の感性が変わってきている可能性もある。
 
いずれにしても、他の国の音楽を学ぶと自分たちの音楽について思いを馳せるもので、私たちにとってのFolkmusicとは一体何であって、それは私たちの生活にどれだけ結びついているのだろう、とふと考えると、これと言った正解が思いつかないことを少しさみしく思ったりする。海外の人に「日本の音楽を教えてよ」と言われたら私たちは何を教えるべきなのだろうか。

話が脱線してしまったが、「結婚式の曲に暗く聞こえる曲がある」という自分の中にはない感覚と出会ったとき、理解しようとするのは二の次で「そういう感じ方もあるのだ」と尊重することが何よりも大事なのでは無いか、と人生訓めいたものを結びの言葉として今回のコラムは終わりにしたい。

それではまた、次のコラムで。

Posted by resono-sound