スウェーデン音楽のデュオという物について考える

2020年6月27日

 この文章を書いているスタッフは元々オーケストラでコントラバスを弾いていた人間で、紆余曲折あり民族音楽、中でもとりわけスウェーデン音楽にたどり着いたのだが、スウェーデン音楽に出会うまで10年程度やってきた音楽というものへの見方が大きく変わるきっかけの一つとなった「スウェーデン音楽におけるデュオ」について少し語らせてほしい。
 
 音楽にはインストの音楽に限ってもソロからオーケストラまで様々な形態があるが、それぞれに良さがあるとは思う。しかし、例えばソロではピアノやギターで無ければ鳴らせる和音は限られているし、もちろんピアノやギターにも制限はある。ただ単に同時にたくさんの音が鳴っていることが良いというわけではないが、主旋律があり対旋律があり、複数の声部が折り重なるようなクラシック音楽の面白さに惹かれてしまうと最低でも3声は欲しいと思ってしまうようにはなってしまっていた。特にメロディ楽器+伴奏楽器という2声は「必要最低限」という認識をしてしまい、そこにもう一つ楽器を加えたくなってしまう。2声で面白いと言えばそれこそバッハがやっていたようなポリフォニー音楽に面白さを見出し、アイリッシュでも4~5人のバンドを好んで聴いていた。
 
 そんなとき出会ったのがスウェーデンの音楽で、ニッケルハルパとギターで伝統音楽を演奏しているものだった。他のジャンルではギターはいわゆるバッキングに回ることが多いわけだが、その音源ではギターはもはや旋律楽器で、ニッケルハルパのメロディとユニゾンしたりハモったり、かたやコードを鳴らして裏に回ったり、それらがシームレスに移り変わる半ばポリフォニックな演奏は「役割」というものに全くとらわれていなかった。これはニッケルハルパのデュオやフィドルのデュオでもそうで、二つの楽器が溶け合って一つの音となり聞こえてくる。そのとき、メロディとハモりとか、表と裏とか、そういう聞こえ方ではなく本当に一つの音になるのでここに他の楽器を足そうと思うことはなく、「必要最低限」だと思っていた編成が「完成形」であることを思い知った。
 
 これはスウェーデンの演奏家ならではの光景かもしれないが、デュオのときほどお互いの顔を見合って演奏する。実際に仲が良いことも多いがそれはさておき、相手が次に何をしようとしているのかを音楽で会話するようにコミュニケーションで確かめながら、相手の音に即座に対応してその場その場の音楽を作り出す。有名なニッケルハルパ奏者が「毎回インプロビゼーションだよ」と語っていたがこれはまさにそうで、周りの音への適応力に関してスウェーデンのフォークミュージシャンはジャズミミュージシャン並みに高いと思っているし、どこまでが決め打ちでどこからがアドリブなのか見当もつかない音楽を聴かせてくれる。
 
 何かおすすめを聴きたいというお客様の最初のCDにはついバンド形式のものや3人程度で聴きやすい物をおすすめしてしまいがちだが(それも良いCDなので全く構わないのだが)、そういう「呼吸」を感じられるCDもまたおすすめなので、興味のある方はぜひスタッフまで。

 

 

 

 

Posted by resono-sound